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サクラ

 

 

 

Posted Imageさくら、桜、櫻」は、この項目へ転送されています。その他の用法については「サクラ (曖昧さ回避)」をご覧ください。 サクラ亜属

 

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上の画像は一重のソメイヨシノ

下の画像はヤエザクラの一種 分類 : 植物界 Plantae : 被子植物門 Magnoliophyta : 双子葉植物綱Magnoliopsida 亜綱 : バラ亜綱 Rosidae : バラ目 Rosales : バラ科 Rosaceae 亜科 : サクラ亜科 Amygdaloideae : サクラ属 Prunus 亜属 : サクラ亜属 subg. Cerasus

  • サクラ節 sect. Cargentiella
  • ミザクラ節 sect. Cerasus
  • ミヤマザクラ節 sect.Phyllomahaleb
  • ロボペタルム節 sect.Lobopetalum
サクラ)は、バラ科サクラ属サクラ亜属 Prunus subg. Cerasus またはサクラ属 Cerasus の総称である。日本で最も知られている花の一つである。

 

 

目次

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概要 [編集]

 

サクラは、バラ科サクラ属サクラ亜属に分類されるであり、落葉広葉樹である。に白色や淡紅色から濃紅色の花を咲かせ、日本人に古くから親しまれている。また、果実を食用とするほか、の塩漬けも食品などに利用され、海外においては、一般的に果樹としての役割のほうが重視された。環境がよければ寿命は非常に長く、老木として著名な日本五大桜の内神代桜は樹齢が1800年を超えているとされる。

分類としては、ヤマザクラオオシマザクラエドヒガンなど5~7種類ほどが認められており、これらの変性や交雑などから数十種類の自生種が存在する。八重咲きの品種はヤエザクラと呼ばれている。また、園芸品種が多く、花弁の数や色、花のつけかたなどを改良しようと古くから多くの園芸品種が作られた。とくに江戸末期に開発されたソメイヨシノ(染井吉野)は、明治以降、全国各地に広まり、サクラの中で最も一般的な品種となった。日本では固有種・交配種を含め600種以上の品種が確認されている[1]

古代では、山に自生して咲くヤマザクラ(山桜 P. jamasakura)や、八重咲きの桜が一般的であった。西行で有名な吉野の桜も、ヤマザクラである[2]静岡県富士宮市に日本最古級のヤマザクラである狩宿の下馬ザクラがあり、特別天然記念物に指定されている。

文化にも深くかかわっている。昔は緑が生え、稲作を始める時期に咲くため暦代わりに使われていた。平安時代以降は桜は花の代名詞のようになり、春の花の中でも特別な位置を占めるようになった。和歌や俳句などでも良く取り上げられる題材であり、室町時代に成立した能の西行桜では桜が人を引き付けることが書かれている。現在でも多くの創作で取り上げられている。花を見ながら行われる宴会は花見として知られる。

 

 

 

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Posted Image百円硬貨の表には桜がデザインされている

 

日本において最も馴染み深い花であることから、法的に定められたものではないが、俗に国花の一つとされ[3][4]明治時代以降、軍隊や学校の制帽や階級章に桜を象った紋章が多く用いられている。現在においても警察自衛隊などの紋章に使用されている。また、百円硬貨の表は桜のデザインである。

日本の年度は4月始まりであることや、学校に多くの場合サクラが植えられていることから、人生の転機を彩る花にもなっている。各地に桜の名所があり、有名な一本桜も数多く存在する。近年はこれら植えられた桜の保護が重要になってきている。

3月27日さくらの日である。1992年平成4年)から財団法人日本さくらの会が制定した。

語源 [編集]

 

「サクラ」の名称の由来は、一説に「咲く」に複数を意味する「ら」を加えたものとされ、元来は花の密生する植物全体を指したと言われている。また他説として、春に里にやってくる(サ)の憑依する座(クラ)だからサクラであるとも考えられている。

富士の頂から、花の種をまいて花を咲かせたとされる、「コノハナノサクヤビメ(木花之開耶姫)」の「さくや」をとって「桜」になった、とも言われている。

特徴 [編集]

 

サクラのおおもとの原産地はヒマラヤ近郊と考えられており、北半球の温帯に広範に分布している[5][6]。日本では少なくとも数百万年前から自生しているとされ、鮮新世の地層とされる三朝層群からムカシヤマザクラの葉の化石が見つかっている[7]。また、各地で気候に適応し、ほぼ日本全土で生育が可能である。さまざまな自然環境に合わせて多様な種類が生まれており、日本においてもいくつかの固有種が見られる。たとえばソメイヨシノの片親であるオオシマザクラは伊豆大島など、南部暖帯に自生する固有種とされる。

桜の花は日本人に非常に親しまれ、園芸用樹として好まれた。エドヒガンやヤマザクラ、オオシマザクラなどは比較的に変性を起こしやすい種であり、このため、園芸技術の発達に伴ってこれらを用いた品種改良が多く行われた。代表的なものはソメイヨシノであり、この種はオオシマザクラとエドヒガン群の特徴を持っている。また、ヤマザクラなどは一枝だけに限って突然変異することもあり、その枝を挿し木や接木にすることによって新たな品種とすることもある。現在、固有種・交配種を含め600種以上の品種が存在するとされる[1]園芸種をサトザクラとまとめて分類することもある。現代では遺伝子情報が良くわかるようになり、品種の特定がよりしやすくなった。理研では重イオンビームの照射による新品種の開発をしている[8]

 

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Posted Imageソメイヨシノの紅葉

 

樹木としては中高木から低木程度の大きさであることが多い。皮は水平方向に裂け目が出来るものが多い。サクラ属の葉の形は多くの物で楕円形であり、枝に互生し、葉の端はぎざぎざの鋸状になっていることが多い。また、葉に薄い細毛が生えるものも少なくない。葉は秋になると紅葉する。サクラは根から新たな茎が生える種類も多い。(ひこばえとも言う)不定根も良く発生する。

開花期は種によってばらつきがあるが主だったものでは早いと3月中旬頃から、遅いものは5月中旬頃までである。日本においては1月、沖縄のカンヒザクラを皮切りに、カンザクラが2月頃、ヤマザクラが3月下旬、ソメイヨシノが4月上旬、ヤエザクラが4月中旬くらいに見頃を迎え、カスミザクラは5月上旬くらいまで花を咲かす。特にソメイヨシノで顕著であるが、葉が出そろう前に花が咲きそろう。同じバラ科に属しているモモウメ花柄が短く枝に付くように咲くが、サクラの品種はこれらと違って長い花柄をもっており、花が枝からはなれて咲く。[9]

花びらは五枚から百数十枚までさまざまであり、多くのものが白から桃色である。花弁が五枚までのものを一重、五枚から十枚のものを半八重、十枚以上の花弁をもつものを八重と言う。また、花弁が非常に多く、一枚一枚が細長い場合、菊咲きと称する。さらに花弁雄蕊の中にさらに萼、花弁、雄蕊のある二重構造のものも見られ、これは段咲きと呼ばれる。花弁の枚数の増え方には雄蕊が花弁に変化するものと、花弁や雄蕊そのものが倍数加する変化が見られる[9]。花観賞用の園芸品種としても好まれたためにさまざまな姿の花が見られる。

開花期間は花見によく使われるソメイヨシノが短く、満開から一週間程度で花が散る。これに比べヤエザクラはより長い期間花を咲かせ続ける。その他、温度や雨が散る散らないの原因になる。花が咲いた後に気温が下がる花冷えが起こると、花は長く持ち、咲いた後に雨が降ると早く散る。花が散り頃に葉が混ざって生えた状態から初夏過ぎまでを葉桜と呼ぶ。

 

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Posted Imageサクラの蕾

 

サクラは花芽を作ると葉で休眠ホルモンを作り休眠し、一定の寒さに置かれることによって花の蕾が休眠打破の状態になり、その後暖かくなり始めると開花を迎える。この工程は一般的には冬から春にかけて行われることが多いが、秋に何らかの影響で葉がなくなった場合休眠ホルモンが足りず、寒い日を二~三日経てその後小春日和になるとこの条件を満たしてしまい狂い咲きが起きる。また、狂い咲きとは別に十月頃に花を咲かせる品種も存在する[10]

近年、サクラが以前に比べ若干早く咲く現象も見られている。また、九州では桜前線の南下現象が見られるようになった[11]。冬が暖かすぎると休眠打破が起こりにくいため、暖かい九州南部では開花が遅れていると考えられる。これには温暖化の影響が見られ、また、都市部で開花が早まることはヒートアイランド現象も少なからず影響している。これらの要因は季節学的な自然環境の変化を端的に表す指標にもなっている。

サクラは木を傷つけるとそこから腐りやすい性質を持つ。この特性から「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」という諺まである。このため、花見の宴会でサクラの木を折る観光客の被害によってサクラが弱ってしまうことが多い。一方、枝が混んできた場合は適切な剪定を行うと樹勢が回復する場合もある。青森県弘前市では同じバラ科のリンゴの剪定技術をサクラに応用することで同地に生えていたソメイヨシノの樹勢を回復することに成功している[2]。剪定の際は不要な枝を根元から切り取り、その傷口を消毒し保護剤で保護する。

本来、特に自生種は病害にも害虫にもそれほど弱くはないが、人為的に集中して植えられている場合や人工的に作られた品種はこれらに弱くなる場合もある。桜の病気としてはテングス病根頭がんしゅ病が、害虫などとしては蛾の幼虫やアブラムシ、カイガラムシなどがよく知られている。また、キノコなどの菌類の発生も桜の生育を妨げる。いずれも桜の密集地では互いに伝染し、集団発生する可能性がある。

桜は生育環境さえ良ければ非常に長寿になる。日本三大桜がいずれも樹齢千年を超える老古木となっているほか、五大桜も古木が多く、それ以外にも有名で長寿の一本桜が多く存在する[12]。寿命60年という説があるソメイヨシノでも樹齢100歳を超えるものはあり、樹木には事実上寿命と言うものはない[9]。育つ環境が良く、健康状態の良い木は年齢を重ねても華麗に花を咲かす。

分類 [編集]

 

サクラ属 Prunus は約400種からなるが、主に果実の特徴から5–7の亜属に分類される。サクラ亜属 subg. Cerasus はその1つである。これらの亜属を属とする説もあり、その場合、サクラ亜属はサクラ属 Cerasus となる。イヌザクラウワズミザクラなどはサクラ属ウワミズザクラ亜属 subg. Padu(もしくはウワズミザクラ属 Padu )であり、サクラ亜属ではない(つまりサクラではない)。

サクラ亜属は節に分かれ、それらは非公式な8群に分かれる[13]

かつてはこのほかに、ニワザクラユスラウメなどを含むユスラウメ節 sect. Microcerasus があったが、Krüssmann (1978) によりニワウメ亜属 subg. Lithocerasus に分離された。分子系統からも、ニワウメ亜属は別系統(ただし独立した亜属ではなくスモモ亜属/モモ亜属Prunus/Amygdalus alliance 内に分散した多系統)という結果が出ている[14]。ただし、サクラ亜属をサクラ節 sect. Cerasus(通常のサクラ亜属)とニワウメ節 sect. Lithocerasus(ニワウメ亜属とウワミズザクラ亜属?)に分ける資料もある[15]

突然変異と品種改良 [編集]

 

サクラの一覧」も参照

サクラは突然変異が多い植物として知られており、花弁や雄蕊の変化、花の大きさ、色の変化、実の増減などが多分に見られる。時には枝ごとに突然変異を起こすこともある。この特徴から、様々な場所にあわせて変化し、多くの自然種が生まれている。また、自家不和合性を持つものも多いため一代限りの突然変異も稀ではない。自家不和合性を持つ場合、次の代には同じ特徴が受け継がれない事が多い。

このように変化しやすい特徴があるため、サクラは品種改良が多く行われる。また、変化させるだけでなく、代を重ねることや接木によって、突然変異を固定化することも行われる。西欧では実をより有用な食品にするため、実を大きく、収穫量がおおくなるような品種改良がおこなわれ、一方日本では花を変化させるために多くの努力が払われた。

日本では花を楽しむために多くの園芸品種が作られている。また、野生種、自生種だけで100種程度のサクラが存在し、各々の野生、自生種の特徴を継がせながらの配合も行われている。野生種の特徴としてはおおむね、ヤマザクラは健康なものが多く、エドヒガンは見栄えがよく、マメザクラは樹高が小さく、カンヒザクラは暖かいところでも育ち、チョウジザクラは寒いところでも育つ。花が多かったり八重で豪勢であるなどの見栄えのよいものや花の変わったものに加え、虫害への強さ、樹形、木の高さ、寒さや暖かさへの強さなども考慮された園芸品種が存在し、作られている。サトザクラは節の間の雑種の意味もあるが、人間が作った園芸品種をまとめてサトザクラと呼ぶこともある。

日本におけるサクラ [編集]

 

 

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http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png樹齢2000年といわれる山高神代桜。日本武尊が植えたと言う逸話がのこる。

 

日本で桜は最も一般的な花であり、最も愛されている花である。サクラの花は往々にして葉が出そろう前に花が咲きそろう。この「何もないところに花が咲く」という状態に、古来生命力の強さを感じたものと思われる。

歴史 [編集]

 

日本最古の史書である『古事記』『日本書紀』にも桜に関する記述があり、日本最古の歌集である『万葉集』にも桜を詠んだ歌がある[16]奈良時代和歌などで単に「花」といえばをさしていた。万葉集においては梅の歌118首に対し桜の歌は44首に過ぎなかった。

しかしその後、遣唐使の廃止、唐の滅亡などで唐風文化が廃れ、平安時代国風文化が育つに連れて徐々に桜の人気が高まっていった。

 

難波津の咲くやこの花冬ごもり今は春べと咲くやこの花

王仁

の「花」は梅であるが[17]

 

ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花ぞ散るらむ

紀友則

の「花」は桜である。

嵯峨天皇は桜を愛し、花見を開いたとされており[4]左近の桜は、元は梅であったとされるが桜が好きであった仁明天皇が在位期間中に梅が枯れた後に桜に植え替えたとされている[2]。風流事を称して「花鳥風月」というが、平安時代以後の日本において単に「花」といえば桜のことを指すようになった。その後の和歌にも桜を詠んだものは多い。

歌人の中でも特に平安時代西行法師が、と花(サクラ)を愛したことは有名である。彼は吉野の桜を多く歌にしており、西行法師が詠んだ歌の中でも、次の歌は有名である。

 

願はくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ

— 西行法師

西行法師は、この歌に詠んだとおり、旧暦二月十六日に入寂したとされる。

また、名前の由来の一つの通り、桜は穀物の神が宿るともされ、稲作神事に関連していたともされている。また、暦のしっかりとしない時代には桜の開花を農業開始の指標としていた。このため、農民にとっても昔から桜は非常に大切なものであり、各地に田植え桜や種まき桜とよばれる桜が残っている[18]

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/4/49/Mount_Fuji_seen_throught_cherry_blossom.jpg/250px-Mount_Fuji_seen_throught_cherry_blossom.jpg

http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png葛飾北斎によるサクラと富士の絵

 

江戸時代までには「花は桜木、人は武士」という言葉が成立しており、それまでに「花」=「桜」のイメージは日本で定着した。また、桜の名所も次々と整備された。園芸品種の開発も大いに進み、さまざまな種類の花を見ることが出来るようになった。江戸末期までには300を超える品種が存在するようになった[9]。また、江戸末期にはソメイヨシノが開発され、明治になって以降さらに多くの場所に桜が植えられていった。このころには全ての階層の人々にとって花といえば桜となっていた。

春の象徴、花の代名詞 [編集]

 

上記のような歴史から桜は花の代名詞となっている。また、を象徴する花として日本人にはなじみが深く、初春に一斉に開花する特徴があり春を告げる役割を果たす。俳句の季語になっているほか、桜の開花予報、開花速報は春を告げる合図となっている。また、入学式を演出する春の花として多くの学校に植えられている。桜が咲いている季節がまさに春である。日本全土で全ての種類の桜が全て散り終わると晩春の季節となり、初夏がやってくる。

日本人の精神の象徴 [編集]

 

 

 

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/9/93/Yasukuni_2008-3-28-2.jpg/250px-Yasukuni_2008-3-28-2.jpg

http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png桜の咲く靖国神社境内

 

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/7/72/Battalion_flag_of_the_Japan_Ground_Self_Defense_Force.gif/250px-Battalion_flag_of_the_Japan_Ground_Self_Defense_Force.gif

http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png陸上自衛隊大隊

 

ぱっと花を咲かせた後、散って行く桜の儚さや潔さが非常に好まれている。

古くから桜は、諸行無常といった感覚にたとえられており、ぱっと咲き、さっと散る姿ははかない人生を投影する対象となった。

江戸時代国学者本居宣長は「敷島の大和心を人問はば朝日に匂ふ山桜花」と詠み、桜が「もののあはれ」などと基調とする日本人の精神具体的な例えとみなした。また、潔よさを人の模範と見て、江戸時代以降しばしば武士道のたとえにされてきた。ただし、そのようにすぐに花が散ってしまう様は、家が長続きしないという想像を抱かせたため、意外と桜を家紋とした武家は少ない。

明治時代新渡戸稲造が著した『武士道』では「武士道(シヴァリー)とは日本の象徴たる桜の花のようなもの」と冒頭に記している。武士道的な美徳を重視した旧日本軍では、潔く散る桜が自己犠牲のシンボルとして多用された(特攻機桜花など)。たとえば「花(華)と散る」という言葉は戦死殉職の暗喩である。同期の桜の歌も戦中非常に良く歌われた。

現在でも、桜は日本人の精神を象徴するものしてよく取り上げられる。ウェザーニュースの調査では日本人のおよそ8割が桜を「とても好き」と答えた[19]。咲いている様の美しさはもちろん、花を咲かすためのみに持てる全ての力を使う生命力の強さに惹かれること、咲いてから散るまでの移ろい行く様に人生や一期一会、幸福、恋愛などを投影すること、咲き終えた後には潔く散る姿を美しいと考えること、そしてこれらを自らに当てはめることは日本人にとって稀ではない[4]。春が日本では年度の変わり目であり、出会いと別れの時期であることもこれらの要因を引き立てている。また近年では、散ることをただ惜しむだけではなく、ひらひらと散る桜を精一杯さいた勲章のようにいうことも多い。現代の歌や文学にもこれらの象徴として多く取り上げられている。また、警察官および自衛官階級章は、他国なら星形を使うべき所を桜花で表している。これらの職種は国民の生命と財産を守るために命を投げ打つと宣誓しているためである。自衛隊の旗でも、陸海空を問わず、旭日と並んで桜の花を使用した旗は数多い。

日本では桜を外国との友好のために贈ることがある[20][21][22]。また、樹木医が海外に送られたこともある[23]

サクラの開花予想 [編集]

 

詳細は「桜前線」を参照

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/3/36/Sakura_Zensen.jpg/200px-Sakura_Zensen.jpg

http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png桜前線。気象庁が2007年(平成19年)3月14日に発表した2007年の予想図。

 

サクラの開花予想は、代表的な地点での開花が予想される日と、予想日を地図上の等値線で結んだ図(この図は一般に「桜前線」と呼ばれる)が知られている。2009年まで気象庁がサクラの開花予想を発表していたが、2010年以降は開花予想を行わなくなった[24]。ただし、開花や満開の観測は引き続き行っている。一方で、それ以前から民間気象会社も複数社が独自の開花予想を行っており、2010年以降はこれらの会社の予想が使われている。

気象庁では各地で特定のサクラを標本木として定めて職員の目視による観測を行っている。標本木は南西諸島北海道の大部分を除いてソメイヨシノである。標本木のが5–6輪ほころびると、開花したことが発表される。これをマスコミでは「開花宣言」と呼ぶことがある。標本木全体の80%以上のつぼみが開くと、満開となったことが発表される。

2009年(平成21年)まで気象庁が行っていた予想方法は、各地点の冬期の気温経過や春期の気温予想等を考慮した各種計算を経て、標本木に対して開花予想日を決定していた。民間気象会社の予想方法も概ねこれに近いが、独自の手法を採り入れて行っているものもある。

気象庁が定める東京のサクラの標本木は、靖国神社境内にある特定のソメイヨシノであるが、その樹木がどれであるかは、公開されていない。近年では、サクラの開花については特にマスコミの注目を集める傾向にあり、開花の時期になると、東京管区気象台の職員が観測する風景を、複数のマスコミが取材に訪れる様子がしばしば見られる。

樹木全体から見た開花具合によって咲き始め、三分咲き、五分咲き、七分咲き、満開、散り始めなどと刻一刻と報道される。このように木々の様子を逐一報道することは、世界から見ても珍しい例である。

桜と文化 [編集]

 

桜に関連する作品一覧」を参照

桜は春の象徴、花の代名詞として和歌、俳句をはじめ文学全般において非常に良く使われており、現代でも多くの音楽、文化作品が生み出されている。

伝統文化的作品では桜を人に見立てた西行桜などがある[25]江戸時代の代表的俳人・松尾芭蕉は、1688年貞享5年)春、かつて奉公した頃のことなどを思って次の句を詠んだ。

 

さまざまの 事おもひ出す 桜哉

— 松尾芭蕉

音楽においては江戸時代の箏曲や、地歌をはじめとする三味線音楽に多く取り上げられている。一般に「日本古謡」とされる『さくらさくら』も、実は幕末頃にの手ほどきとして作られたものである。明治時代以降では滝廉太郎歌曲』などが有名である。長唄元禄花見踊』も明治以降の作であるがよく知られている。

戯曲では義経千本桜は本来その話の中には桜が登場しないにもかかわらず題名に桜を関しており、現在では桜を背景にする例も多い。

現在でもポピュラー音楽映画ドラマゲームなど様々な作品のモチーフや題材になっている。特に春に発表されるポピュラー音楽では他に比べて桜を扱ったものが多く、これらの歌は桜ソングとして知られている。

用途 [編集]

 

花・景観 [編集]

 

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/ja/thumb/c/c9/CherryTrees_NiigataToyano2.jpg/220px-CherryTrees_NiigataToyano2.jpg

http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png桜並木

 

他の花の咲く植物全般に対して、桜のみを特に区別して「観桜」と呼ぶ事がある。それくらいに桜はその景観から人気が高く多くの場所に植えられている。植栽の場合街路樹、公園、庭木、河川敷等に使われることが多い。近年では、サクラは街路樹に用いられている樹種として2番目に多く、49万本が植えられている[26][27]。 並木のように道に沿って、あるいは河川に沿って植えられることが多く、あたり一面が花景色になることも多い。また、学校の校庭には桜が植えられていることが多い。小学校などの校庭には、児童や生徒の入学時に桜の花が咲いているようにするため、ソメイヨシノに比べて開花期間が長い八重桜を混植することが多い。また、古くから桜の花を育てている神社も少なくない。しかし、害虫や病気など手入れが大変で、大きく育つためか庭木にされることは少ない。

春に日本では、桜の咲く木の下に人々が集まって、花見と呼ばれる宴が開かれる。花見や宴会の場所として広く知れ渡っているところを桜の名所という。花見の習慣とともに、桜の名所も日本全国各地にある。また、神社や寺など桜を持っている団体が桜祭りを開いている例も多い。また、夜の桜を楽しむために、桜をライトアップする夜桜も各所で行われる。

食用 [編集]

 

桜は六月から七月にかけて実をつける。桜の実は俗に「サクランボ」と呼ばれ、果実を食用とする品種も育てられている。品種はおおむねセイヨウミザクラ(西洋実桜)とシナミザクラ(中国実桜、支那実桜)の二系統に分けることが出来、近年では多くが西洋系の品種であるセイヨウミザクラである。これはしばしば「桜桃」(おうとう)とも呼ばれるが本来「桜桃」とはシナミザクラを指している。サクランボの品種としては佐藤錦ナポレオンアメリカンチェリーが有名である。スミミザクラのように酸味が強いがソースなどの料理に利用される品種もある。観賞用の桜にも赤い実をつけるものがあるが、小さく酸っぱい場合がほとんどであり、これは一般には食用とはされない。

花(花弁)自体も塩漬けにすると独特のよい香りを放ち、ハーブの一種として和菓子あんパンなどの香り付けに使われる[28]。花の塩漬けは、お茶または湯に入れて茶碗の中で花びらが開くことから、祝い事に使われる。婚礼や見合いなどの席では「お茶を濁す」ことを嫌い、お茶を用いずに桜湯を用いることが多い。

桜の葉の塩漬けも食用として用いられる。桜餅は、塩漬けので包まれている。また、桜饅頭に用いられることもある。桜の葉の塩漬けには多くの場合オオシマザクラが用いられており、伊豆半島南部において生産が盛んである。シロップ漬けにされることもある。

桜の樹液をガムのトラガガント(土台部分)の変わりに利用する例も存在する。

木材 [編集]

 

 

http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/thumb/e/ee/Prunus_subg._Cerasus.jpg/220px-Prunus_subg._Cerasus.jpg

http://bits.wikimedia.org/skins-1.18/common/images/magnify-clip.png桜の無垢板

 

木自体は材木として使われる。材としては硬く冷たい部類で、湿気には比較的強い。木目には乏しいが、節の周囲にはメイプルに似た杢目がでることもある。しばしが樺桜~桜の名称で流通していることがあるので、注意が必要である。桜材のうち、赤身が強いものを地桜、白いものを樺桜として流通することもある。無垢テーブル板や比較的高級なフローリング材として使用される。彫刻にも用いられる。

その他 [編集]

 

桜の樹皮は水平方向にはがれ、その表面は灰色を帯びてつやがあって美しいため、小物入れや茶筒などの細工物(樺細工)や版木に利用される[29]。オオシマザクラは別名をタキギザクラともいい、この名前からもわかるように以前は燃料用として植樹されており、房総半島や伊豆大島にもこの用途で広がったとされる。

また、焚いたときの香りが良いため燻製スモークチップとしてよく用いられる[30]

その他では生薬や染料として用いられている樹皮は桜皮(おうひ)という生薬になり、鎮咳、去痰作用がある。染料としては開花時期の樹皮を染色に使用する事ができる。薄いピンク色である[31]。このほか、現在はヒマラヤザクラが二酸化炭素や窒素酸化物の吸収能力が高いとして注目されている。

花の形をかたどったものも多く、小中学校や商業高校などの校章をはじめ、警察、自衛隊などの紋章に多く用いられている。

桜の保護と育成 [編集]

 

日本では桜が至るところに植えられており、花見を楽しむ人は非常に多い。しかしその一方では桜に対する管理や保護がきちんと行き届いているとは言いがたい状況にある[32]。桜は元々弱くない植物であるため、放置することも悪いことではないが、特に桜を長く生き長らえさせ、樹勢を保つためにはきちんとした保護や育成が必要である。落葉期の適切な剪定、寒肥、病気や害虫への対策、夏場の水遣り、土壌の改良などがその例に挙げられる。

また、植え付けの際に樹木同士の間隔を広く取ること、桜への負荷がかからない場所を選ぶことなども大切である。

剪定 [編集]

 

桜はそもそも「桜切る馬鹿、梅切らぬ馬鹿」といわれるように、傷口が傷みやすく、剪定には不向きとされている。実際、台風などで枝が折れる、観光客に枝が折られるなどの被害を受けるとその傷口から腐って一気に枯れてしまうこともある。

しかし、枝が込んできた場合、枯れ枝が出た場合、あるいは枝が伸びすぎている場合はこれを適切に切ることで樹勢をより強めることが出来る[2]。不要な枝は根元近くで切り落とし、切り落とした切り口には消毒を行い、癒合剤などを塗り、癒合を促進する。これらの剪定は樹木が休眠期に入っている秋から冬にかけて行うことが好ましい。また、剪定時には鋏や鋸は消毒剤や加熱によって消毒されていることが必要である。

樹勢回復のためのしっかりとした剪定が行いたい場合は樹木医の管理の下で剪定を行うことが好ましい。

土壌改良 [編集]

 

桜は水はけの良く、日当たりの良い場所を好む。また、桜は根を浅く広く広げるため、土が固くない場所をより好む。また、毎年花を咲かせるためには非常に多くの栄養を必要としている。このため、他の落葉樹と同じく、寒肥をやることによって桜の樹勢を回復し、花をより多く咲かせることが出来る。土壌が踏み固められていると根頭がんしゅ病やネコブセンチュウ病を誘発し、これらの病気は土壌を汚染する。早いうちであれば土壌改良によって病気を止める事が出来るが、これらで桜が枯れた場合、何度桜を植えても枯れる場合がある。このため、これらの病気にかかった土壌は加熱殺菌すること、石灰などで消毒すること、土そのものを入れ替えること、桜の枯れた後には数年の間樹木を植えないことなどで対策をとることが出来る。桜の周りをコンクリートアスファルトなどで固めないことや、桜を離れた位置から眺めるようにすることで土を踏み固めることを避けることが出来る[33][34]

水遣り [編集]

 

桜は水はけの良い土壌を好むが、乾燥には強くない。夏場などは地面の乾燥に気をつけることが大切である[35]

病害虫対策 [編集]

 

桜が良くかかる病気としては根頭がんしゅ病、根瘤線虫病、てんぐ巣病、膏薬病、うどんこ病などがある。

根頭がんしゅ病、根瘤線虫病は根や根の付け根あたりで瘤が発生する病気である。根元の土が踏み固められていると促進される。病気にかかるとすぐ枯れるわけではないが徐々に樹勢がそがれ、桜が弱っていく。これらの病気は病変部位を切り取り、切り取った部分を殺菌し、表面を保護する塗布剤などで保護すること、土壌改良を行うことが有効である。対策を行えば少なくとも病気の進行は抑えられる[36]

てんぐ巣病は枝に発生し、枝が竹箒状になる病気である。この病変も徐々に桜が弱り、全ての枝に広がると手遅れになりかねない。発見したら、休眠期を待ち、消毒した鋏や鋸で病変部位を切り落とすことが望ましい。切り落とした後は癒合剤などで回復をうながし、剪定した枝は焼却、鋏や鋸も切った後すぐに消毒することが必要である。消毒の行われていないはさみを使うとそれを元に移る可能性もあるので気をつけるべきである。菌が原因であるので風通しを浴することも対策になる[36]

膏薬病やうどんこ病については水気が多い場所や湿気の多い場所、あるいは病害虫が引き起こす。胴の部分に菌が入ったりキノコが出来ることによって病気になる。病害虫は菌が入るための傷口を作ったり、傷口を広げるのに加担することが多い。風通しを良くする事や水気がたまらないようにすること、病害虫を駆除することによって病気を抑えることが出来る。

桜に良く付く害虫としてはカイガラムシアブラムシハダニハマキムシコスカシバオビカレハアメリカシロヒトリサクラケンモンなどが挙げられる。

これらの害虫に対しては見つけたら駆除することに加えクモアシナガバチなどの害虫の天敵を殺さないことなどが対策になる[37]。害虫によって桜が枯れることは少ないが、これらの害虫を放置すると病気の遠因になるため、出来るだけ早いうちに対策を行うことが必要である。

環境の変化 [編集]

 

桜は街路樹として植えられることも多いことなどから、車などの排気ガスによっていためられることも多い。このような場合対策はとりづらいため、その他の要因で樹木が弱らないようにすることが大切である。高山神代桜では桜を守るために近くを通っていた道路に迂回路が作られた[38]

酸性雨なども木を弱める要因になる。また、近年では温暖化によって桜の花が早く咲く現象が起こっている。いずれにせよ、これらの場合、環境の悪化をとめることが一番の対策である。

花見客による被害 [編集]

 

花見客のマナーの悪さによって桜の木が傷んでしまうこともある。マナーの悪い花見客による枝折り、火気の持ち込み、ごみの放置、むやみに根元を踏みつける行為などが桜をいためつける原因となっている[39]。枝折りは桜の木を腐らせる可能性があり、火気は桜を熱や煙で痛める。ごみの放置は周辺環境を汚染し、根元を踏みつけることは根を窒息させ樹勢を弱める。夜桜で騒ぐことによって桜だけでなく周辺住民への迷惑も発生している

これらに対し桜の名所といわれる場所では多くが火気の持込を禁止しており、ごみの持ち帰りを呼びかけている[40]。しかしながら、これらは花見客に対し罰則を与えるものでないため、あくまで警告にとどまっている。花見を楽しむためにはマナーを守ることが大切である[41]

桜守 [編集]

 

御母衣ダムに沈む村の桜をダム湖岸に植え替えた笹部新太郎の話は水上勉の小説『櫻守』にとり上げられており、非常に有名である[2]。ここから桜を保護し、見守る人を桜守と言うようになった。

近年では放置されていた桜に対し、保護や手入れをする団体が増えている[42]国立市では市民と行政が協力して桜の樹勢回復などの努力を行っている[43]


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